勝手リカバリー
夕暮れの
空が青い
冷気とは呼べない程の
なんとも言えないひんやりとした空気が
心を今より落ち着かせようとする
自分が小さく思えた
流れるBGMも耳に届かず
どうしようもなく惨めで
どうしようもない希望を抱いた
一定の間隔を保ちながら流れる車を眺めていると
自分も、時間という曲げることのできない軸に沿って生きていることを思い出す
高い空
遠い雲
幾千もの
星に負けないくらい
僕も
いつしか
空は消えて
気がつけば視線は
下へ下へと落ちてゆく
マグカップに印刷された
厚さ1ミリにも満たない薄っぺらい紳士が
注がれたコーヒーの熱で心を宿したかのように優しく僕に語りかける
「そんなに気を落とすなよ」
気休めにもならない程に安い言葉
僕はそれを無視するかのように
注がれたコーヒーを少しだけ飲む
熱が喉を通過するのを感じ、深呼吸とは言えない、けれども確実に無意識のうちに行われる呼吸とは異なる、どことなく苦い想いの詰まった息を吐く
2本目のタバコに火をつけ
眼前にたゆたう煙の奥を見据える
気付きながらも踊らされる自分を演じていた自分と対峙する
今はきっと
普段の穏やかな顔とは一変して
誰にも見せたことのないような冷たい顔をしているのだろう
ほとんど吸われることなくその役目を終えた煙草を、使い古されたアルミ製の灰皿にそっと押し付ける
店員が何度か通り、少しも減っていないグラスを横目に見ると、何事もなかったかのように去って行く
気がつけば夕暮れという、時間限定のインスタレーションは終演を迎え
窓の外には夜の風が吹き始めていた
もう何台の車が通っただろうか
それぞれのドライバーは
それぞれの家に帰り
それぞれの問題と戦いながら
今日を生きている
あと5分もすれば僕も
いつもの帰り道を走るだろう
それぞれの中の1人になって
それぞれの中の1人になれば
僕も問題と戦える気がした
「そんなに気を落とすなよ」
残りのコーヒーを飲もうとした時
紳士が再び語りかけた
その言葉が
今度は妙に心に馴染んで
少し嬉しくなった
冷めきったはずのコーヒーにあたたかさを感じ
僕は店を出て
車へと向かった